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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)443号 判決

控訴人 被告人 脇本重雄 外一名

弁護人 斎藤実

検察官 宮崎与清関与

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人脇本重雄の弁護人斎藤実、被告人上坂伝兵衛の弁護人加藤広国の各論旨は同弁護人ら提出の各控訴趣意書にそれぞれ記載する通りであるからこれを引用する。

一、斎藤弁護人の論旨について

請負人が請負工事の遂行に必要な土木人夫の飯米補給に充てる為め正規の手続によらないで生産者から米の買い入れを為すことは、たとい右の食糧補給が工事の完遂に必要な条件であつたからと言つて、他に右用米の買入れを自己又は他人の生命、身体、自由若くは財産に対する現在の危難を避ける為め已むことを得ないで為した行為と見なしうる特別の情況がない限り直ちにこれを緊急避難行為として食糧管理法違反の罪を免責せられるものではない。然るに本件に於て原審証人前波金一の証言によれば弁護人所論の請負工事は被告人が福井県から請負い冬期の渇水期中に竣工を要する足羽川の護岸工事であつて融雪期前に完成しない場合には田地、人家などの財産に対し増水による危難を及ぼすおそれがないでもなかつたこと、並に同工事の人夫に対し若干の飯米を手当する必要があつたことは認められるけれども、それが為め直ちに社会の通念において本件生産者からの米の不法買入れによる外他に工事完遂の義務を尽くす方途がなかつたものと認めるに足る事情はこれを肯定し得ないところである。従つて原審が弁護人の所論主張を排斥したのは正当であり論旨は理由がない。又諸般の犯情と違反の数量に照らし被告人に対し罰金四万円を科した原審量刑も妥当であるから量刑不当を論ずる主張も採用し難い。

二、加藤弁護人の論旨について

しかし原審挙示の証拠によると、被告人は米の生産者として本件収穫米の売渡を為すに当り、その相手方の認識について、所論の如き錯誤を抱いた事情を認め得られないでもないが、行為の有する違法性について十分にこれを認識しながら本件不法の売買契約を締結して即時その米の引渡と代金の授受を行い履行を完了したところを見れば、契約の相手方の如何は本件契約の要素となるものではなく従つて、この点に関する所論被告人の錯誤は何ら契約の成立並に犯罪の責任に消長を及ぼすものではない。又本件違反の数量並に諸般の情状に照らし原審罰金参万円の量刑はさして過重とも認められない。所論は採用出来ない。

そこで各被告人の控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人加藤広国の控訴趣意

第一点原判決は被告人は木下繁治並に斉藤義信を介して被告人脇本重雄に対し玄米拾表を売渡したものである旨認定しているがこれは明に事実の誤認である。被告人は脇本重雄なる人物は会うたことのない人間であり又木下繁治なる人物をも知らないのである。ただ被告人は斉藤義信が一乗谷村農業協同組合の者であるが米を欲しいと言うて来たので農業協同組合ならばと言う積りで米を売渡したものであることは被告人の一貫した主張である。

被告人は斉藤義信又は一乗谷村農業協同組合へ売渡した積りでいるのにその売買の当事者として見たこともない脇本なる人物が登場して来たので一向に納得が行かないのである。結果的には脇本重雄に民法上所有権が移転したものであるにせよ売買の契約当事者として昭和二十六年一月九日頃被告人の相手となつたものは斉藤義信であり被告人は現在もなおその旨を信じ切つているのである。斉藤義信は脇本重雄なる本人を表示したこともない。従つて「木下繁治並斉藤義信を介して」と事実の認定を為すは誤りである。被告人は斉藤義信に売渡したものである。

第二点原判決は量刑不当の違法がある。原判決は被告人の行為に対し罰金参万円に処している。然し乍ら被告人の本件犯行を為すに至つた動機は被告人の家屋が福井地方震災によつて倒壊して現金も要るし斎藤義信が一乗谷村農業協同組合が買うのだから大丈夫と言うてしきりにせがむので本件犯行を犯すに至つたのである。しかも本件売買の目的物となつた米は昭和二十五年度産米で供出完了後の米である。供出制度の是非は兎も角として供出完了後の米の処分に就ては当時政府は何等の施策を施していなかつたのでありこの供出完了後の米の(ヤミ)売買について農家に不当苛酷な刑を科すことは果して施政者は人民に不能を強いる結果にはならないであろうか。然も相被告人脇本重雄の所為に対して金四万円也の罰金を科すのに対し刑の均衡が保たれているであろうか。

彼此本件犯行の情状を考量するならば被告人に科せられた量刑は違法不適なものと断言し得る。

弁護人斉藤実の控訴趣意

一、原判決は法律の解釈適用を誤つて居る。原審に於ける本件公訴事実記載の米の買入が緊急避難行為であるとの弁護人の主張に対し原判決は危難が現在しないとの趣旨で之を排斥しているが危難の現在とは、本件等の場合の如きに於いて現に出水し人畜流失の惨状が展開されつつある状態は勿論かかる危険が予想せられ突貫工事中のものをも亦現在の危難と解するに妨げがない融雪時及梅雨期の出水による下流人家の流失を回避する為、流水量の最少となる厳冬期に突貫作業をなしつつある工事は将来の危難を避くるものであると同時に亦実に現在の危難を避くる為のものに外ならない。

将来と言い現在というも実は相対的概念の差あるに過ぎない

要は刑法に於ける目論的解釈を採るか、機械的文字的解釈に終始するかの問題である。

(1) 他の如何なる業者が行つてもヤミ米の補給なくしては工事が出来ない実情にあつたこと

(2) 融雪期前に突貫作業を必要としたこと

(3) 融雪期梅雨時に人家流失の危険があつたこと

換言すれば融雪期前に突貫作業を完了し得るためには工事担当業者のヤミ米補給が絶対に必要であつたことを綜合すればヤミ米購入によつて侵害せられたる国家法益と之なくして惹起せられたる人畜流失により害せらる国家利益を比較すれば自明の事理である。

二、相被告との刑の結果に不均衡がありすぎる。

相被告は米の代金は之を受領したので畢竟罰金だけの損害であるが脇本被告は米を全部没収せられて尚更に罰金刑を以て追及せられその隔差が甚だし過ぎるのである。まして相被告は農協の正当業務行為に仮装した悪質売渡に対し、被告は第一項記載の目的を以て買入れたものであつて犯情に於て同日の談ではない

三、(1) 他の何人が請負人であつても本件の如くヤミ米購入が不可欠であること。

(2) 融雪期前の突貫工事であつたこと

(3) この工事の完成せざるときは下流の人家流失の危険があつたこと

等を綜合すれば右被告人の所為は正当なる業務行為に外ならない。刑法第三十五条の業務行為とは業務行為自体は勿論附属的準備行為を含むものなること多言を須たざるところである。

四、国家的食糧政策全般の立場から言つても駅といわず市中とはいわず米食の自由補給が許されて居るこの時にかかる緊急突貫作業現場が米の購入が許されないということは殆んど正視に耐えざる刑罰法令の誤用濫用である。

五、同種事犯に比し罰金刑が重きに失する。その詳細は原審に於て援用したる山崎惣助の事犯等に対比せらるれば一目瞭然である。須く刑数等を減軽せられ度いのである。

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